2024年5月4日土曜日

『表現を仕事にするということ』は創作・表現がしたい本人のみならず、周りの大人にも読ませたい一冊

表現を仕事にするということ

表現を仕事にするということ』(小林賢太郎、幻冬舎)読了。創作・クリエイティブにプロとして関わっている人には、当然ながら共感を覚える言葉多数。というか、プロであれば感心してちゃいけないところでしょうが、それでもしっかりと言語化されているので、大切なことを再確認するためにも一読の価値あり。

ただ本作はむしろ、創作の道に進むことを躊躇している人、迷っている人、これからそういう仕事をしたいと思っている人、そういう子を持つ親にとってこそ、有用な一冊なのかもしれません。

「やりたいことを見つけなさい」は正しい?

表現を仕事にするうんぬんとは別に、「何をしたらいいか分からない」「やりたいことが見つからない」という人は少なくありません。

それは「若い人」に限らず、大人になっても同じです。

そういう悩みを持っているのが若者や子供を目にすると、大人はつい、「自分のやりたいことを見つけろ」と言いがちですが、小林さんは本書で、ゲームばかりしている子供の例を挙げ、その子は「家にいたい」「ゲームがしたい」がやりたいことかもしれない、もしくは「”かくれ”やりたいこと」があるかもしれないとした上で、こう指摘します。

大人がいう「やりたいことを見つけなさい」が、薄い脅迫になってるような気もします。なんでなのでしょうか。いいじゃないですか。なくて。(p25)

そして、やりたいこと、夢が分からないという人には、こうアドバイスします。

僕のおすすめは、夢を職業名ではなく「したいこと」として言葉にする。言い換えると、夢は「名詞」ではなく「動詞」で捉える、というやりかたです。(p29)

たしかに、子供が「●●になりたい」というフォーマットで答えてくれると、それを聞いた大人は分かりやすくて安心します。そして反応しやすい。

ただ、やりたいこと、なりたいものを何か特定の職業名で答えられない場合もあるでしょう。

また、やりたいこと、なりたいものが見つかっても、失敗を恐れて迷う人はいます。このことについて、小林さんは「役者になりたいけど迷っている人」に向けてアドバイスをしていますが、これは役者に限らず言えることでしょう。彼のアドバイスはこうです。

自分で決めなさい(p36)

演技力の有無に悩んでいる人がいるのなら「できる努力を全部やってから判断したら?」って思います(p37)

まさにその通りです。その努力ができないなら、やらないほうがいい。そういう努力をしてしまうことを見つけたほうがいいはずです。

「やりたいこと」が見つかった後、気づかぬうちに道に迷わないために

そうした葛藤を乗り越えて、やりたいこと、できることが分かってきたプロであっても参考になるのは、「できること表の書き方」です。

これは、「できるようになるべきこと」と「できないままでいいこと」を表にして整理するというものです(p32)。

時間は有限です。何かを見たり聞いたりして、「すごい、自分もできるようになりたい」と思うことはありますが、だからといって、「本当に自分がやりたいこと」の時間を奪ってまでやるべきかどうかは常に冷静に見極めたほうがよいでしょう。小林さんが推奨するのは、これらの分類です。

「できること」で「やること」
「できること」だけど「やらないこと」
「できないこと」で「できるようになりたこと」
「できないこと」で「できないままでいいこと」(p32)

あれもこれもできるようになる努力をしていたら、時間も体力も費用も足りませんし、認知資源にも限界があります。

アドバイスをもらったら。相談したいと思ったら

冒頭の「やりたいことを見つけろ」と同じように、大人はとかく何か一言いいたくなるものです。「もっとこうしたほうがいいよ」「それは違うと思うな」「なぜこうしないの?」……。

そうしたアドバイスを聞いた人に対して、小林さんはアドバイスをしています。

まず、そうしたアドバイスは、正しいか間違っているかすぐには分からないものです。なので、うざいと思っても、その場で反論せずに、「自分に違った考えがあったとしても、その場で反発せずに、いったんちゃんと聞くこと。そして、後から自分の考えと照らし合わせて、ほしいところだけもらって、成長の材料にすればいい」(p50)と指南します。

その上で、表現・創作に関わる者に向けた「アドバイスの受け取り方」のヒントについてこう述べます。

表現力って、いろんなことに自分で気が付くことで鍛えられるものだと思います。アドバイスをいただいたら、それをヒントに自分で考え、自分で気づくべきことに気づき、自分の表現に反映させる。こうなってこそ「アドバイスを活かせた」っていえるんじゃないかしら。(p50)

ただ「相談したい」という場合もあるでしょうが、これについて小林さんは、「人に相談することも大事ですけど、その前に、しっかり自分に相談することが大事」とした上で、その理由について、自分に相談しないで、いきなり誰かに助けを求めるなんて、他力本願すぎると指摘した上で、「いくつか自分の考えに到達した上で、誰かに相談して、見落としていた角度に気が付く。これが相談の威力」(p119)とまとめています。

アイデアとやる気を出す方法、締め切りを守るには

表現や創作を続ける上で課題になるのが、「いかにアイデアを出し続けるか」と「やる気をどう保つか」、そして「締め切りの守り方」です。

アイデアの出し方について小林さんは、「ひらめく」「おりてくる」と言われるが、自分は何もひらめかないし、天から何かがおりてきたりもしない。それでも山ほどアイデアを出してきたなどと述べた上で、自身の「思いつく」を分解すると、「二段階」あると分析。それが「まずは『気が付く』。そして『たどりつく』です」です。

アイデアは、大発明や立派な虚構を生み出すこととは限らず、実はアイデアとして使える材料が、すでに事実として存在することがあるとした上で、それに気づくことの重要さを説きます。そして、「気づく→たどりつく」というプロセスの有用さについて、こう説明します。

「思いつく」は、不確実です。「思いつかない」かもしれませんから。でも、「気がつく」「たどりつく」は、努力の積み重ねで、成しとげることができます。

もがいてもがいて、0.1を得る。それを10回繰り返せば、1にたどりつけます。秩序ある生みの苦しみによる、0から1。時間と労力はかかりますが、正しいやり方だと思います。

「気がつく」にせよ「たどりつく」にせよ、ここにコツがあるとすれば、「まだ思いついていない」ということに焦られない、ということです。(p86)

この考え方・プロセスに、自分も強い共感を覚えました。自分は企画を考える時に、「見つける」ものだと思っていたのですが、これはちょっと言い方が違うものの同じことだと思いました。

表現・創作をしていても、日によってはやる気が出ないときもあります。その対処法についてもいくつかし方については、こんな作戦が紹介されていました。備忘でまとめておきますが、気になる方は本書でご確認ください(p83)。

・1ミリ作戦(ほんのちょっとでも進める)
・出しっぱなし作戦(すぐに取り掛かれるようにしておく)
・便乗療法(やる気を出させる何かを見る)
・やる気のなさを無視する(とにかくやる)

締め切りを守る方法について、小林さんは「とりあえずいったん”ダメ完成”させちゃう」ことを推奨しています(p93)。

短くてもスカスカでいいから、とにかく、いったん完成させ、ダメダメなりに完成させることの良さについてこう説明します。

そして、なぜこれではまだダメダメなのか、どこがスカスカなのかを明らかにして、ひとつひとつ取り組んでいくんです。こうすることで「作品を完成させる」というでっかい一個の課題が、いくつかに分解されます。自分の作品でありながら、課題を客観的に判断できるので、だんぜん取り組みやすくなります。

一度完成させてしまうやり方は、自分も似たようなことをやっているので、ここにも強い納得感を覚えました。

ただ、ここで甘いプロだと、いったん完成させてしまうと、「もうできた」とブラッシュアップが甘くなってしまいそうだな、という落とし穴がありそうです。

このほかにも金言多数

そのほか、これは覚えておきたいなと思った言葉を引用しておきます。

大切なのは、「プロとして生きているかどうか」(p17)

プロは、プロぶらない。(p18)

低予算の作品にとって大事なのは、妥協ではなく必然が見える表現をするということ(p59)

「A」と「B」、ふたつの作品をつくった結果、「A」のほうが受かったとします。だったら次も「A」っみたいな作品をつくるべきでしょうか。それは違います。次に僕が作るべきは、オリジナルの「C」です。(p61)

やるやつは、やるなと言われてもやるんです(p78)

クツをつくるなら、お手本のクツを見るのもいいけど、人の足をよく見ろ、ということです(p112)

たとえ明らかに自分以外の誰かが原因で、思うように表現ができなかったとしても、その与えられた状況の中で、可能な限りの良いものを生み出していくしかない。そして、その結果がどんなに不本意なものであっても、それがそのままつくり手の能力として周りから評価される。表現を仕事にするって、そういうことです(p149) 

僕には、リーダーとして心がけていることがあります。それは「正解を示すのではなく、方向を示す」というものです(p160)。

カバーはタイトルをタイポグラフィーデザインしてあるデザインですが、カバーを取ると表紙は、 それが消しゴムで消されたデザインになっています。こういうところ、いいですね。

表現を仕事にするということ

 

表現を仕事にするということ