2024年2月6日火曜日

橘玲『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』の感想・注目ポイントメモ

橘玲『スピリチュアルズ』『運は遺伝する』
Ⓒ橘玲(幻冬舎文庫、NHK出版新書)

橘玲さんの『スピリチュアルズ「わたし」の謎』と『運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功哲学」』を立て続けに読んだ。この橘さんらしい本でとても面白かったのだけど、このテーマについては消化しきれていないので、まず『スピリチュアルズ』のほうから、手帳にメモ書きしたところを備忘で引用し、感想をメモしておきたい。

「うつ」になる女は男の2倍、「自殺率」は男が女の2倍

ここはなるほどなと納得した箇所。こうなってくると、現実なんて正しく認識できないほうが(あまりに誤差があるとそれは、それはそれで困るかもしれないが)いいのではないかとすら思えてくる。

さまざまな課題において、うつ病患者は健康な被験者に比べて状況を正しく理解できるらしい。そのためこれは「抑うつリアリズム」と呼ばれる。うつ病は現実をネガティブに評価する病気だとされるが、じつは「ふつう」の人が「楽観のメガネ」で現実を歪めて見ているのだ(p147)

うつ病の罹患率は女性が男性の2倍、男の自殺率は女性の2倍あるという点については、アーミッシュにはうつ病の罹患率に性差がないということが十分な証拠になっている。アーミッシュは飲酒や暴力を禁じているので、アーミッシュで男女に差がないということは、本来、男と女とで神経症的な傾向に(生物としての)差はないが、飲酒や暴力という”外に向かう”ことが(理由やともかく)許されている社会においては、男は発散し、それができな女は収束させてしまうのだろう。

男女の性差があるのは攻撃性で、神経症傾向の高い男は衝動が外(薬物や暴力)に向かうが、女は内(自分)に向かいやすい。これは定説ではないものの、女にうつ病が多く男に自殺が多い理由をうまく説明できそうだ。(p153)

「共感」にも種類がある

「共感」とは、「相手の気持ちを感じること」であり、”情動的共感”ともいわれ、これに対して「相手のこころを理解すること」として「メンタライジング」”認知的共感”というものがある。そして、これらはしばしば混同されている。共感力には性差があり、女性が高く男性が低い。

なお「共感」はネズミや猿などの社会的な動物にもみられるが、「メンタライジング」は人間にしかないとされている。

また、「メンタライジング」がどういうものかが分かる実験があるという。これは「サリーとアンの指人形実験」などと呼ばれるもので、概要はこうだ。

・サリーが登場、人形を「カゴ」の中に入れて部屋を出る
・サリーが出ていった後に、アンがカゴの中の人形を「箱」の中に隠す

その後、「部屋に戻ってきたサリーは、もう一度人形で遊ぶためにどこを探すか?」という問いが投げかけられ、3歳児は「箱の中を探す」と回答し、4歳児になると「カゴの中を探す」と答えられるようになる、というもの。

サリーはアンが人形を箱に隠したことは知らないはずなので、4歳児以上のオトナなら、「(サリー自身が隠した)カゴを探す」と答えられるが、3歳児までは、「(自分が)アンがカゴに隠したことを知っているので(サリーが見ていないにもかかわらず)箱の中を探す」と答えてしまうわけだ。

これがメンタライジングで、「相手と自分の気持ちを重ね合わせる」共感とは異なるというものらしい。

そして、イギリスの発達心理学者・サイモン・バロン=コーエンが自閉症の患者はメンタライジングの能力が欠けているとして、「メンタル・ブラインドネス」と呼び、メンタライジングを4つの機能で説明している。それがこの4つだという。

・意図の検出(卯木喜から目的を推測する)
・視線の検出(目の動きから相手がなにに注意しているかを推測する)
・注意の共有(相手が見ているものを自分も見ることで注意を共有する
・こころの理論(これらを統合して相手ぼこころを推測する)

こうした説明、解説を読んでさんざん共感について考えた挙句にこの指摘を見て、やるせない気持ちになった箇所がここ。

共感が社会的な問題を引き起こすのは、それは世界を「俺たち」と「奴ら」に分割したうえで、「俺たち」の側に感情移入するからだ。このように考えれば、いま日本をはじめ世界じゅうで起きている社会の分断は、共感が欠落しているからではなく、共感があふれているからだということになる。(p260)

リベラルな社会になり、自分らしく生きられるようになったがゆえに、かえって生きづらい社会になっている、ということと同じだろう。

サイコ、コミュ力お化け、アスペ、コミュ障

なお、そして共感力とメンタライジングを四象限のマトリクスにマッピングしたのがこちら。

個人的にアスペには(おそらく社会の平均ほどは)悪い印象を持っていなくて、むしろサイコのほうがやっかいな存在という印象を持っていた。共感してないのにあわせちゃうあたりにイラっとするのかもしれない。

なおサイコパスは優秀な経営者に多いということを聞いたことがあり、実際、年初に読んだイーロン・マスクの評伝を読み、彼がサイコであることには疑いがないと感じた。

企業経営者の気質についての解説はここにあった。

大企業のCEOのほとんどが「賢いサイコパス」ともいわれる。これは本人がリーダーにふさわしい能力をもっているだけでなく(そうかもしれないし、そうでないかもしれない)、ひとびとが「賢いサイコパス」をリーダーに求めるからでもあるらしい。

ハーバード・ビジネス・スクールの研究によると、わたしたちはビジネスの相手を「温かさ」と「有能さ」で判断するが、それは逆の相関関係にあるという。すなわち、相手が新設すぎると「能力が低い」と推測し、冷酷で嫌な奴だと「権力がある」と思うのだ。
ここからわかるのは、「低い共感力」というネガティブな特性が、リーダ0になる可能性を高めるという皮肉な事態だ。「賢いサイコパス」は部下を利用し、同僚を足蹴にしても出世を目指すリアリストであると同時に、その冷たさによって周囲から「リーダー」と見なされるようになるのだ(p264)

女の方が男より真面目な理由

次にADHDについてだが、あれは現代だからこそ障害だと言われているのであって、ある意味、魅力でもあると思っていたので、この箇所には共感した。

「今日では障害とされている注意欠陥障・多動性障害(ADHD)こそが、かつては強さだったかもしれない」(イギリスの心理学者、ダニエル・ネトル)

気質については、男女差についても本書では言及されている。「堅実性」スコアのベルカーブはこのような分布になるという。


これの解説にはこう記されている。

ADHDと診断される子供は堅実性スコアがきわめて低く、男の子の発症率は女の子の5倍と明らかに性差がある。

精神医学で強迫性パーソナリティ障害(OCPD)と呼ばれる症状は堅実性が極端に高く、全成人のおよそ2%がこの診断基準にあてはまる。興味深いことに、OCPDと診断されるのは男性が女性の2倍で明らかに性差がある。

堅実性あ極端に低いADHDは男が女の5倍で、堅実性が極端に高いOCPDは男が女の2倍ということは、堅実性の分布のばらつきが男の方が大きいことを示している。その結果、(男が極端にばらついているのだから)堅実性の平均近くでは女の割合が高くなる。これが、「女の方が男より真面目だ」といわれる理由ではないだろうか(p301)

なんとなくそうだろうなとは思っていたものの、そこまでスコアに差がつくものだとは思わなかった。

男と女が分かり合えないのは仕方ないのかもしれない。

ビッグファイブからビッグエイトへ

本書では、パーソナリティが決まる因子としてビッグエイトが提唱されているが、そのもととなっているビッグファイブがこれだ。

①外交的
②神経症傾向
③協調性
④堅実性
⑤経験への開放性

この5つがなぜ性格を決めるかというと、人格(パーソナリティ)は自分の内部にあるのではなく、身近な他者の評価がフィードバックされたものだから。パーソナリティはキャラのことだが、それは観客の評価が反映されたものになる。

本書が掲げるスピリチュアルのビッグエイトは次の8つだ。

①外向的/内向的
②楽観的/悲観的(神経症傾向)
③同調性
④共感力
⑤堅実性
⑥経験への開放性
⑦知能
⑧外見

ざっくりと説明すつお、①外向的/内向的(報酬系)と②楽観的/悲観的(損失系)が進化のなかで最も古く、哺乳類や鳥類をはじめ多くの動物でパーソナリティの違いが観察されているという。

そして③④⑤は向社会性のパーソナリティで、言語を獲得したヒトが親密で複雑な「評判社会」を形成したことで急速に発達したという。

共感力にはあきらかに性差があり、堅実性は平均が同じでも女に似比べて男の方が分散が大きい(どちらのサイドでも極端なケースは男が多い)。同調性は「ヒトの本性」だが、平和で安定した社会ではばらつきが生じる。(p359)

そして⑥は進化の中でもっとも新しいパーソナリティで、美や芸術、文化の誕生に関係している可能性があると指摘されている。

これらを踏まえ、本書の終盤ではこのような需要な指摘がされている。

ビッグファイブのパーソナリティから「知能」が除外されているのは、知識社会ににおいてその影響力がとてつもなく大きいからだろう。知能に関しては、男女で平均は同じだが、分散は男の方が大きい(極端に知能が高い者と、極端に知能が低い者は男に多い)ことと、男は空間把握能力(数学・論理的知能)に優れ、女は言語的能力に優れているとの性差が(批判はあるものの)多くの研究で示されている。

「外見」は疑いなくパーソナリティに大きな影響を与えているが、自尊心との関係(魅力的な外見をもつ者は自尊心も高い)以外はほとんど研究の対象になっておらず、心理学における「暗黒大陸」と化している。(p360)

そしてここの記述は今回、『スピリチュアルズ』の次に読んだ『運は遺伝する』に直接的につながってくる。 

行動遺伝学によればパーソナリティの遺伝率は平均すれば50%程度とされている。知能については年齢とともに遺伝率が上がり、思春期を過ぎると70%程度に達することがわかっている。音楽やスポーツの能力も遺伝率が80%近くなる。性格や才能、認知能力から精神疾患に至るまで、人生のすべての領域に遺伝がかかわり、その影響は一般に思われているよりもかなり大きい(p362)

この後、高度化する知識社会で成功するパーソナリティとして、こちらが挙げられている。

高い知能+高い堅実性+低い神経症傾向(精神的安定性)

これはまあその通りだと誰もが思うのではないだろうか。

本書が提言する「成功した人生」の獲得方法

さらに、パーソナリティ心理学における社会的に好ましくない代表的な性格が次の3つであると解説、

・マキャベリズム(権力欲)
・サイコパシー(共感性の欠如)
・ナルシシズム(自己愛)

この3つ(ダークトライアド、闇の三角形)がある人物は”モンスター”と位置付ける。

そして、経済的・社会的に成功することを目的として書かれた、いわゆる自己啓発本のテーマは次の8つにおおよそ分類できるという。

①高い外向性(アピール力/説得力)を獲得する
②高い精神的安定性(嫌われる勇気)を獲得する
③組織のなかでうまくやっていく同調性を獲得する
④高い共感力(EQ/コミュ力)を獲得する
⑤高い堅実性(自制心/自己コントロール力/やりぬく力)を獲得する
⑥高い経験への開放性(創造力/イノベイション)を獲得する
⑦高い知能を獲得する
⑧魅力的な外見を獲得する
(p405)

本書が提言しているのは、「自分のパーソナリティを前提にして、それがアドバンテージをもつ場所(ニッチ)を探す」(p407)ということだという。

たとえば、内向的なパーソナリティの人が営業部門に配属されて外交的な性格に変わろうとするのではなく、専門職など内向的でも成功できる職魚うにつくいたほうが貴重な時間を無駄に費やすことがなくなる、というものだ。

成功した人生とは、自分のスピリチュアルにあったポジティブな物語をつくることであり、そのためには自分のパーソナリティを知らなければいけない。